研究レポート

レポートNo.012 コラーゲン特異的なカルバミル化反応について
レポートNo. コラーゲン特異的なカルバミル化反応について
012

概要

 コラーゲンは体内で最も主要なタンパク質で、特に皮膚や骨、腱などではコラーゲンが豊富に含まれており、体の形態や機能の維持に働いています。当社バイオマトリックス研究所ではこれまでに、コラーゲンの「カルバミル化」に注目して研究を行ってきました(文献1)。本レポートでは、まずカルバミル化について解説した後、新しく見出したコラーゲン特異的なカルバミル化反応や、そのコラーゲンへの影響などについて紹介します。

カルバミル化とは

 尿素はアンモニアの無毒化のために体内で合成され、一般に有害性は低いと言われています。しかし、尿素が分解するとイソシアン酸という化合物が生じ、これがタンパク質に結合するカルバミル化(carbamylation)反応が起こります(図1)。タンパク質を構成するアミノ酸の一種であるリジン(Lys)がカルバミル化の主な標的となり、イソシアン酸と反応してカルバモイル基(-CONH2)が付加されることで、ホモシトルリン(HCit)へと変換されます。このカルバミル化反応により、タンパク質の構造や機能の変化が引き起こされ、線維症や関節リウマチ、貧血などの一因となることが報告されています(文献2)。カルバミル化の要因として最も関連が大きいのが腎機能で、腎機能が低下して尿素を尿中へと排出できなくなってくると、血液中の尿素濃度が上昇しカルバミル化が促進されます。近年、腎疾患の合併症である心血管疾患などとの関連も報告され、血中のHCitやカルバミル化タンパク質が、腎不全患者の生存率や心血管疾患リスクのバイオマーカーとして検証されています(文献2)。カルバミル化の要因としてはその他に、体内尿素の増加につながる高タンパク食や、別のイソシアン酸生成経路の元となるチオシアン酸が増加する喫煙、炎症などが挙げられます。


図1. コラーゲンのカルバミル化反応模式図

コラーゲンのカルバミル化

 コラーゲンは、三本の鎖が寄り集まった三重らせん構造を形成する非常に安定なタンパク質であり、長い間分解されずに組織中で維持されます。しかしその代謝の遅さにより、加齢と共にカルバミル化されたコラーゲンが蓄積し、皮膚コラーゲンで形成されるHCitの量が、老化要因として有名な「糖化」で生じるLysの最終糖化産物(AGEs)よりも多いことが報告されています(文献3)。また、カルバミル化によるコラーゲンへの影響として、三重らせん構造の不安定化やコラーゲン線維形成能の低下などが明らかとなっています(文献4)。
 コラーゲンはLysに水酸基(-OH)が付加されたヒドロキシリジン(Hyl)というアミノ酸を持つのですが、私たちはこのコラーゲンに特有のアミノ酸もカルバミル化反応のターゲットとなり得ると考えました。そして実験の結果、ヒドロキシホモシトルリン(HHCit)と名付けたHyl由来のカルバミル化産物が、コラーゲン中に存在することを見出しました(図1;文献1)。HCitは全てのタンパク質で形成される一方、HHCitはコラーゲンのみで生じるため、コラーゲンのカルバミル化の進行度を評価できる指標であると言えます。実際に、HHCitが皮膚や骨のコラーゲンで年齢に比例して蓄積していくことが確認されています(図2;文献1)。また、HCitの蓄積は組織間で差がないのに対し、HHCitは骨に比べて皮膚で蓄積量が多いことから、組織によってこのコラーゲン特異的なカルバミル化の影響が異なることが示唆されます。


図2. 加齢に伴うラット組織コラーゲンでのカルバミル化産物の蓄積
(HCit:ホモシトルリン、HHCit:ヒドロキシホモシトルリン、Lys:リジン、Hyl:ヒドロキシリジン)

 腎不全患者の血液中では、HHCit濃度が健常者に比べて大きく上昇し、HCitとは増加の程度が異なっていました(図3;文献1)。血中のHCitは、コラーゲン以外の代謝の早いタンパク質を主な由来とし、直近数週間程度のカルバミル化の度合いを表しますが、HHCitはコラーゲンを由来とするため、過去数か月から数年単位のカルバミル化の程度を示していると考えられ、腎不全やその合併症の新しいバイオマーカーとしても期待されます。


図3. 腎不全患者での血中カルバミル化産物濃度の上昇
(HCit:ホモシトルリン、HHCit:ヒドロキシホモシトルリン、Lys:リジン、Hyl:ヒドロキシリジン)

カルバミル化によるコラーゲン架橋形成阻害

 コラーゲンは分子同士をつなぎとめる架橋と呼ばれる橋かけを形成し、これによって組織の強さを高めています(図4)。しかし、この架橋構造は主にLysとHylを介して形成されることから、それぞれがカルバミル化によってHCitとHHCitに形が変わると、架橋が作られなくなることが推察されます。
実際に、コラーゲンは生理的条件では弾力のあるゲルとなりますが、カルバミル化したコラーゲンでは柔らかく崩れたゲルになってしまい(図5)、このゲル化能の低下にもカルバミル化による架橋形成への影響が関与していると考えられます。


図4. コラーゲン架橋とカルバミル化による架橋形成阻害の模式図 


図5. コラーゲンゲル形成へのカルバミル化の影響
(ウシ皮膚コラーゲンを中性塩条件下、37℃で1時間置いてゲル化)

 そこで私たちは、シアン酸水の摂取(15 mMシアン酸ナトリウム、8週間)によってカルバミル化を加速させる実験を行い、マウスの骨、腱で架橋形成の最終産物である成熟架橋が減少することを明らかにしました(文献1)。また、生体内で起こるカルバミル化に近いよりマイルドな条件(0.1 mMシアン酸ナトリウム、10カ月間)でも、成熟架橋になる前の未熟架橋も含めた各種コラーゲン架橋の形成が、骨において阻害されることが確認されています(図6)。
腎不全患者では骨折発生リスクが高く、カルバミル化がその一因となっている可能性も考えられ、カルバミル化による架橋形成や組織強度への影響に関する研究を続けています。


図6. カルバミル化の加速によるマウス骨でのコラーゲン架橋の減少
(HCit:ホモシトルリン、HHCit:ヒドロキシホモシトルリン、Lys:リジン、Hyl:ヒドロキシリジン、d-Pyr:デオキシピリジノリン、Pyr:ピリジノリン、LNL:リジノノルロイシン、HLNL:ヒドロキシリジノノルロイシン、DHLNL:ジヒドロキシリジノノルロイシン)

総括

 以上のように、当社バイオマトリックス研究所では、コラーゲンのカルバミル化に注目して研究を進めており、新しく見つかったカルバミル化産物HHCitは、コラーゲンに特異的なカルバミル化の指標として有用であると考えています。また、カルバミル化が進行するとコラーゲンの架橋形成が阻害されることから、骨や皮膚など様々な組織への影響も示唆されます。
カルバミル化は、主に血中の尿素が原因となるため、血液検査で尿素窒素(BUN)が高めの方はカルバミル化のリスクがあるということになりますが、基準値内であれば今すぐに大きな心配はないと考えられます。ただし、コラーゲンの場合は特に、持続的にカルバミル化が進行していくため、健康な人でも長期的には、骨強度の低下や皮膚老化などの加齢に伴う諸症状の一因となっている可能性があります。
老化要因として研究が進んでいる糖化や酸化に比べると、カルバミル化による実際の影響は分かっていませんが、カルバミル化の抑制方法なども含め、今後の研究の進展が期待されます。 

関連レポート

文献1 Taga Y, Tanaka K, Hamada C, Kusubata M, Ogawa-Goto K, Hattori S. Hydroxyhomocitrulline is a collagen-specific carbamylation mark that affects cross-link formation. Cell Chem Biol. 24, 1276-1284 (2017)
文献2 Delanghe S, Delanghe JR, Speeckaert R, Van Biesen W, Speeckaert MM. Mechanisms and consequences of carbamoylation. Nat Rev Nephrol. 13, 580-593 (2017)
文献3 Gorisse L, Pietrement C, Vuiblet V, Schmelzer CE, Kohler M, Duca L, Debelle L, Fornes P, Jaisson S, Gillery P. Protein carbamylation is a hallmark of aging. Proc Natl Acad Sci U S A. 113, 1191-1196 (2016) 
文献4 Jaisson S, Lorimier S, Ricard-Blum S, Sockalingum GD, Delevallee-Forte C, Kegelaer G, Manfait M, Garnotel R, Gillery P. Impact of carbamylation on type I collagen conformational structure and its ability to activate human polymorphonuclear neutrophils. Chem Biol. 13, 149-159 (2006)